2016年11月19日土曜日

ビジュアルロシアSF出版史"Четыре истории"

昨年、アレクセイ・カラヴァエフ著"Четыре исрии"というビジュアルブックがヴォルゴグラードの"ПринТерра- Дезайн"社から刊行された。本のテーマはソ連時代の代表的な冒険・SF小説のシリーズを、豊富な図版(出版された本や雑誌、表紙、イラストが満載!)とともに紹介したもので、手に取って眺めているだけで楽しくてしかたがない素晴らしい一冊である。

全体で270ページ程度で、4部に分かれている。第1部は通称"Золотая Рамка"として知られる«Библиотека приключений и научной фантастики» というSF冒険小説の叢書シリーズの紹介である。このシリーズは、Детская литература社が1936年から刊行を開始し、40年代の戦時中も刊行を続けた。ロシア版のWikipediaには刊行書籍の一覧も掲載されているが、1993年の終刊まで285点を数えた。まさに、ソビエト時代を代表するSF冒険小説の叢書と言ってよい。最初の4点はジュール・ヴェルヌで、『月世界旅行』、『神秘の島』、『海底二万里』、『グラント船長の子どもたち』である。ロシア作家はアレクセイ・トルストイ、今はほとんど忘れ去られたミハイル・ロゼンフェリドの"Морская тайна"(1937)、グリゴーリイ・アダモフの古典"Тайна двух океанов"(1939)、アレクサンドル・ベリャーエフの"Звезда КЭЦ"(1940)などを刊行。その後もカザンツェフ、エフレーモフ、グレーヴィチらの作品の刊行を続けた。こうした伝説的作品の書影やイラストがふんだんに掲載されていて、めっちゃ楽しい。

第2部は日本でもよく知られた科学啓蒙誌「技術青年」こと"Техника-Молодежи"の紹介である。第2部は100ページ以上に及び、この本の中心をなす。"Техника-Молодежи"はSF専門誌のない時代の代表格としてSFマガジンでも繰り返し紹介されたからご存知の方も多いと思うが、こうしたカラーのビジュアルとともに読めるのは感動である。

第3部は"Техника-Молодежи"などの雑誌や書籍で取り上げられた未来予測ものの著作を紹介する。1950年代から60年代にかけての著作のロケットや宇宙飛行士のイラストを眺めるのもレトロで乙なものである。

第4部はМир社が1965年から刊行した翻訳SF叢書"Зарубежная фантастика"を紹介する。全体として、ロシア語に英米のSFが翻訳される機会は非常に限られており、その中で、"Зарубежная фантастика"は読者の渇きを癒す存在であった。ブラッドベリ、アシモフ、カットナー、クラーク、シマックらが今でも人気があるのはこの叢書のおかげである。しかし、ハインラインの作品がまったく収録されないなど様々な制約があり、結果として、非英米圏作家の割合が高かった。ポーランドのレム、ジュワフスキ、フィアコフスキ、ボルニ、チェコのチャペック、ヤン・ヴァイス、ネスヴァドバ、ハンガリーのカリンティ、そして小松左京の作品が刊行された。小松左京の「地には平和を」のロシア誤訳の邦題”Мир — Земле"が表題となったアンソロジーも1988年に同シリーズから刊行されている。

チャド・オリヴァーの『時の風』はこの叢書から刊行され、のちにヴォルゴグラードの伝説的SFファンであるボリス・ザヴゴロドニイが主宰したファンクラブ"Ветер времени"に名を取られた。これを見てもファンから愛されたシリーズであったことが深く感じられる。

以上にくだくだ書いたようなことを全く知らなくても、手にとってとにかく楽しめる一冊。こういうビジュアルブック形式のロシアSF出版史は、今まで全くなかったのでまさに画期的な仕事なのである。



2016年11月13日日曜日

イスラエルから本が来た

amazonで注文したМлечный Путь社の出版物が届いた。ヤッホ~。Млечный Путь社は以前に紹介したとおり、イスラエルの出版社で最近の出版物は特に注目される。今回、届いたのは1980年代からロシアSF評論界の重鎮であったウラジーミル・ゴプマン(1947~2015)の"Любил ли фантастику Шолом-Алейхем?"という評論集で、この本はリペツクのSFファンであるセルゲイ・ソボレフの個人出版社Кротから2009年に僅少な部数で出版された。喜ばしいことに、2012年に"Млечный Путь"から再版されたのである。

さっそく中を見てみると、表題の評論はイスラエルのロシアSF界を概観したもので、1970年代にソ連から出国したラファイル・ヌデリマン、ストルガツキイ兄弟の研究者として知られたマイヤ・カガンスカヤ、90年代にイスラエルへ移ったパーヴェル・アムヌエリやダニエリ・クルーゲルらが紹介されている。ある程度まとまった形で読めるものは少ないのでとてもありがたい。


ゴプマンはバラードの研究者としても知られ、ロシアにニューウェーヴを紹介しようと頑張っていたのだが、バラードは英米の大物SF作家の中では、今も昔もロシアでもっとも読まれていない作家である。ゼラズニイのヒロイックファンタジーは読まれたんですけどね。

2016年11月6日日曜日

ニキーチナ&モキエンコの隠語辞典

隠語の翻訳というのはいつでも難しいものだけれど、ペレストロイカ期からかつてのサミズダートの作品も世に出てきて、隠語が文学の中にも出てくるようになった。昔、ミハイル・ヴェレルを読んでいた時に、単語が辞書で全然見つからんなあと難儀したのだが、タチヤーナ・ニキーチナとワレーリイ・モキエンコさんが著した「ロシア隠語大事典」"Большой словарь русского жаргона"(2001)という辞書はとても重宝したのである。これは25000語収録されているので、翻訳をされる方はお手元に置くべき一冊と言えるのではなかろうか。



と思っていたら、出典のところに、М.Веллер "Легенды Невского Проспекта"と書かれていた。どうりで見つかるはずだよ。

同じコンビで"Толковый словарь языка Совдепии"(1998)という事典も執筆している。ソビエト時代の事物、単語、イディオム等について著したもので、2005年に第2版が出ているようだ。こっちも何かの時に使えるかと思って、買ってはみたが、ほとんど出番はない。第2版買いそびれているなあ……。

2016年10月30日日曜日

фэнтезиは女性か中性か

英語には名詞の性がないが、外来語としてロシア語に入ってきた場合、ロシア語ではその名詞の性を決めなければならない。ロシア語の名詞は語尾に応じて性が決まるが、外来語の場合、元々のロシア語の単語にはない語尾で終わってしまうため、どの性を取ればよいかが確定せず、揺れているものがある。言語学の対象となる現象だが、SF界では外ならぬfantasyがこれに当たる。

fantasyはロシア語表記ではфэнтезиである。これを女性とみる場合と中性とみる場合とに見解が分かれている。下記サイトの書きぶりを見ると、中性と取る方の勢力が強そうだ。http://otvet.expert/kakoy-rod-v-russkom-yazike-u-slova-fantasy-zhenskiy-ili-sredniy-229226

しかし、fantlab上でも、過去にこの議論はあって、トピックが立っている。https://fantlab.ru/forum/forum1page5/topic5261page1
fantasiaという単語は女性なので、そちらに意味としては引っ張られるという女性派も多い。

エクスモ社が2005年に"Хулиганское фэнтези"というレーベルを刊行していたときは中性になっている。しかし、2008年には"Черная Fantasy"という名のレーベルとなり、女性になっている(ロシア語と英語がちゃんぽんだが)。

トールキンの『指輪物語』の翻訳が完結して刊行されたのはソ連崩壊後のことであって、ファンタジーというサブジャンルはロシアにはそれまで存在しなかったと言ってよい。広い意味で言えば、ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』はファンタジー以外の何物でもないし、アレクサンドル・グリーンもファンタジーだと思うが、現代ロシアではファンタジーと言えば、トールキン以来のハイファンタジーの系統を頭に浮かべるのが普通である。それにしても、ソ連時代にまったく存在しなかったハイファンタジーが、ソ連が崩壊するや否や翻訳を中心にたちまち大流行し、マリヤ・セミョーノワ、ミハイル・ウスペンスキイ、スヴャトスラフ・ロギノフ、エレナ・ハエツカヤ、ダリヤ・トルスキノフスカヤ、マリナ&セルゲイ・ジャチェンコ、ゲンリ・ライオン・オルジらが続々とロシア語のファンタジーを発表していったのも非常に不思議である。

ちなみに、хоррорも堂々たる外来語だが、ロシア語のホラー作家は近年までなかなか出現しなかった。これも不思議なことである。じっくり考えてみないといけない。

2016年10月29日土曜日

イスラエルのロシアSF出版社"Млечный Путь"

イスラエル在住のロシアSF作家パヴェル・アムヌエリが主宰する"Млечный Путь"という出版社のことを不覚にも最近まで知らなかった。"Млечный Путь"というのは「天の河」のことであるから、SF者にとっては何とも言えず共感できる会社名である。同じ名前の雑誌も刊行しており、詳しくは以下のサイトをご覧いただきたい。2008年に電子版で雑誌の刊行を始め、2012年からは紙媒体での雑誌も季刊で刊行している。http://milkyway2.com/

出版社は2010年に設立され、これまでにすでに40冊以上のSF小説を刊行している。ラインナップはFantlabに整理されている(https://fantlab.ru/publisher1513)。アムヌエリ自身の作品が一番多いが、ウラジーミル・ポクロフスキイの"Пути-Пучи"やアンドレイ・サロマトフの"Парамониана"、アレクサンドル・シレツキイの"Золотые времена"といった、主として80年代から90年代初頭にかけてロシアSF界を主導した「第四の波」の作家たちの作品集を刊行しており、喉から手が出るほど欲しい。しかも、これらの作家の作品集は現在のロシアではほとんど刊行されない。しかし、イスラエルで出版されたロシア語書籍はロシアで流通するわけではないのでozonでは手に入らず、指をくわえてみているしかない。と思っていたら、amazonで買えそうではないか!これは盲点。さっそくポチっとしてしまった……。

ozonru.com

ロシアのインターネットショップのオゾン(www.ozon.ru/が重たいなあ、カートに商品が入らんなあと思っていたら、国外からの注文はozonru.com(https://ozonru.com/)から行うように変わっていたのである。ozon.ru Internationalとある。以前の発注などの履歴は引き継がれていて、商品の価格表示はドルでも円でも可能である。近年のルーブル安で、今では1ルーブル2円を切っているのでこの機会は外せない。

振り返ると、もう15年くらいは使っているようだ。昔はSF関係の書評が充実していて、ロシアSFの情報収集はまずはオゾンからという使い方をしていたが、それも10年以上前のことになった。一方で、古本が断続的に出てくるようになったのはありがたい。昔買い逃した本や、ソビエト時代の本が手に入るようになったのは大助かりである。むしろ、近年の小部数の本より、大部数が刷られていたソビエト時代の本の方が手に入りやすい面がある。日本の古本市も同じだけど、少量多品種化すると、探してる本が見つかりにくくなるのは当然。そもそも僅少な部数しか出版されていない本を探し回るのは至難の業である。以前、ロシアを旅行した時、オゾンで販売されていない本のリストを作って現地で探し回ったことがあったが、ほんまに数冊手に入った。われながら執念を感じる。ロシアは古本はネットで探し、新しい本は現地で探すのがいいですね。

2016年10月25日火曜日

「ドーキー・アーカイヴ」とフォーマット

国書刊行会の「ドーキー・アーカイヴ」のサーバン『人形つくり』に挟まれていた若島正・横山茂雄対談を読んで、よくもこんなに知られていない作家の本のことを楽しそうに話すなあ、ロシアではどういう作家がこうしたラインナップの顔ぶれになるのだろうかと思った。ある程度、SFなどジャンル小説のフォーマットができていないと成り立たない顔ぶれである。この叢書の趣旨は、ジャンル小説のフォーマットがまずあって、作者はその枠で書いているんだけど、作家の個性のせいなのかなぜかはわからないが、知らないうちに枠からたくさんはみ出てしまう訳の分からない秘密の面白い作品がありますよということだと思うので。

ロシアの現代SFの出版状況を考えると、コンピューターゲームの設定を借りたシェアワールドものが氾濫していて、若手作家はそういうのに乗っかって書かなければならない。『メトロ2033』のグルホフスキイやパノフの"Тайный город"シリーズなど、元々はその作家のシリーズなのにシェアワールドものに発展したものもある。そうした状況の中で、フォーマットの中で好きなことをやっている作家もいるのだろうが、作品は素晴らしいのに"неформат"として、そもそも出版社にまったく相手にされない作家もいるので、まずはフォーマットでデビューするという流れをまだあまり肯定的にはとらえられないのである。

ソ連時代を振り返ると、スターリン時代には社会主義リアリズムというまさにフォーマットが権勢を振るっていた。フォーマットしかない時代においてはその中からとんでもない怪作が現れる。ロシアSFの「第2の波」と呼ばれる1940年代から50年代初頭の時代は特にそうである。ワジム・オホトニコフの短編"Ахтоматы писателя"も変だし、カザンツェフやネムツォフにもたいへんな作品があるらしい。そういうのを発掘していくのはまさに砂漠で砂を探すような作業で、よっぽどの好き物でないと務まらないだろう。いや、ほんと。

2016年10月24日月曜日

ニコライ・ルィニンの"Межпланетные сообщения"復刊

かつて、深見弾編『ロシア・ソビエトSF傑作集』(創元SF文庫)の巻末開設で触れられていた、ニコライ・ルィニン(1877~1942)の"Межпланетные сообщения"(全9巻。1928~32年)のうち1~3巻が、先日から紹介しているПрестиж Бук社から、今年、復刊されていた。数年前に2巻と3巻は"Космические корабли"と"Лучистая энергия"として復刊されていたが、今回は第1巻から3巻までまとめて1冊で復刊されている。全9巻は宇宙に関するあらゆる情報を、神話からロケットの構造まで網羅的に扱ったもので非常に重要だが、第2巻と3巻は、それまでどういうSF作品が書かれてきたかという書誌情報としても読めるので、特に貴重な一冊なのである。こんな本が復刊されるとは、生きているだけでもありがたいことである。


2016年10月23日日曜日

イリヤ・ワルシャフスキイ3巻選集

Престиж Бук社から、今年、イリヤ・ワルシャフスキイの3巻選集が刊行された。彼が亡くなったのは1974年だが、2010年になって未刊行の短編が見つかり、出版されてきた。
彼の作品を再発掘して出版したのは、イスラエルの出版社"Млечный Путь"(イスラエル在住のSF作家のパーヴェル・アムヌエリが主導)で、”Электронная совесть”というタイトルの作品集を2011年に刊行した。しかし、この作品集はプリントオンデマンド形式で刊行され、なおかつ、ロシアから見れば在外出版となるのであまり流通しなかったのである。

ワルシャフスキイは1908年生まれで、SFを書きだしたのは1960年代になってからと遅く、軽妙なユーモアと機智に富んだ短編を得意とし、日本にも多くの作品が翻訳された。『夕陽の国ドノマーガ』(大光社)という邦題で短編集が刊行されている。その前半生は日本ではあまりよく知られていないが、彼の妻ルエッラは、1920年から21年にかけて一時的に成立した極東共和国の大統領アレクサンドル・クラスノシチョコフの娘で、『極東共和国の夢』(未来社)を著した堀江則雄氏は晩年の彼女にインタビューをしている。しかし、同書では彼女の夫のことは触れられていない。後半生のことも聞かれているはずだが、惜しい……。ルエッラはオシップ・ブリークの家に同居していたことがあり、リーリャ・ブリークとマヤコフスキイとの複雑な関係も目の前で見ていた。その頃に、ルエッラはイリヤと出会い、結婚したのだが、独ソ戦のレニングラード包囲の際は、命からがらイリヤが脱出したもののソ連側から身元を疑われてアルタイに送られるなど、厳しい体験をしてきてこられた一家である。

1929年に彼がドミートリイ・ワルシャフスキイとニコライ・スレプニョフとともに発表した旅行記"Вокруг света без билета"が今回刊行された3巻選集には再録されており、これは貴重な再刊である。1974年にボリス・ストルガツキイがレニングラードでセミナーを開催し始めたが、彼はワルシャフスキイのセミナーを引き継いだような格好でもあるので、セミナー文化の先駆者的存在でもあった。ワルシャフスキイは1920年代にはフェクス(1921年から26年にかけてぺテルブルグで活動した前衛的演劇集団)に出入りしていたこともあるが、その後は船員を目指したり、工場勤めをしたりで過ごし、1962年にSF界にデビューするまで小説の筆はとらなかった。1920年代に小説を書いていて60年代にSFを書いた作家と言えば、他にはゲンナージイ・ゴール(邦訳に早川書房の「世界SF全集」に中編「クムビ」が収録された)がいるが、共に時代をつなぐ作家として大事な人だと思う。

ちなみに、イリヤとルエッラの息子のヴィクトル・ワルシャフスキイ(1933~2005)はサイバネティックスの研究者となり、1993年から2000年まで会津大学で教鞭をとられた方である。知らないことは多いが、世界はぐるぐる回っている。



2016年10月18日火曜日

Престиж Бук社のレトロ冒険・SF叢書

Престиж Букという出版社が«Ретро библиотека приключений и научной фантастики»という叢書を刊行していることに最近気付いた。これまでに出たタイトル一覧と予定の一部は下記リンクを参照。

https://fantlab.ru/series3122

1920年代から50年代のソビエトSFを中心にした叢書だが、翻訳や現代作家(エヴゲーニイ・ルキーンやワシーリイ・シチェペトニョフ)の作品も含まれている。

とは言え、圧巻はやはり1920年代から50年代の作品群で、アレクサンドル・ベリャーエフやカザンツェフ、アダモフの再刊もあるが、セルゲイ・ベリャーエフやミハイル・ズエフ=オルディネツのような深見弾さんの文章でしか接してない旧世代のソビエト作家、さらに、私も聞いたことのない名前がたくさんあって興奮する。ウラジーミル・ケレルという革命前の作家の作品集は実に約100年ぶりの刊行である。

ゲオルギイ・レイメルスという作家の作品も全く知らなかった。1960年代に書いていた人だが...まだまだ知られていない作家が埋もれてるものです。

2016年5月7日土曜日

ロシアSFの英仏訳アンソロジー

 ソビエトSFが国際的に注目されたのは、1957年にイワン・エフレーモフが長編『アンドロメダ星雲』を発表し、それに刺激されてストルガツキイ兄弟たちが次々とデビューしたことによります。
 ソビエト政府系の出版社として«Издательство литературы на иностранных языках» (Иногиз)があり、ソビエト作家の作品を他の言語に訳して西側諸国で刊行するという公式ルートが存在しました。この出版社から出た英訳版には«Foreign Languages Publishing House»と記されています。1959年には『アンドロメダ星雲』の英訳版と仏訳版が刊行されました。他にもアレクセイ・トルストイの『技師ガーリンの双曲線』の仏訳版(1959年)、オブルーチェフの『サンニコフ島』の英訳版(1955年)、『プルトニヤ』の英訳版(1961年)、1962年のアンソロジー«Destination: Amaltheia»があります。最後のアンソロジーにはストルガツキイ兄弟の初期長編«Путь на Амальтею»(1960)のほか、ベリャーエフ、ジュラヴリョーワ、ドニェプロフらの作品が収められています。
この組織は1963年に改編され、以後はミール社、プログレス社として展開します。日本で刊行されたプログレス出版所の現代ソビエトSFシリーズはこの流れの中で出版されています。
このほか、1960年にアシモフの序文付きで刊行された英訳アンソロジー«The Heart of the Serpent»には、エフレーモフ「宇宙翔けるもの」、ストルガツキイ兄弟「六本のマッチ」、のほか、ドニェプロフ、サパーリン、ジュラヴリョーワの作品が収められています。このアンソロジーはタイトルを変えながらも、1962年、72年、2002年にも再刊されています。
1963年にイギリスで刊行された«Russian Science Fiction»にはドリス・ジョンソンの翻訳により、11の中短編が訳されました。こちらにもエフレーモフの「宇宙翔けるもの」は収録されていますが、作家の選定がかなり変わっていて、ツィオルコフスキイ、ベリャーエフ、ゼリコヴィチといった1930年代までの作家に加え、なんと、ワジム・オホトニコフの伝説的怪作«Автоматы писателя»(1947)も収録。主流作家ウラジーミル・ドゥジンツェフの短編が1本入り、他にはドニェプロフ、ジュラヴリョーワ、サパーリン、ミハイル・ワシリエフという顔ぶれ。
 1969年にNew York University PressUniversity of London Press Limitedからそれぞれ刊行された«Russian Science Fiction 1969»には、ブランジス&ドミトレフスキイの評論に、ドニェプロフ「カニが島をゆく」、ゴール「庭園」、シェフネル「内気な天才」、ワルシャフスキイ「深夜の強盗」のほか、ルコジャノフ&ヴォイスクンスキイやヴラドレン・バフノフの短編が収録されています。
 1970年代後半から80年代前半にかけてはマクミラン社がストルガツキイ兄弟の作品を続々と刊行するなどの動きがありました。日本で言うと深見弾さんがストルガツキイ兄弟の長編を次々と翻訳していく時期に当たり、国際的な連動を感じます。
さて、ロシアSFの紹介者としての私の悲願は、1970年代以降の中短編のアンソロジーを出すことです。これは深見さんもついにできなかった仕事ですが、ロシアSFの中短編の質量は相当に分厚いので出そうと思えば何冊でも出せます。問題は最初の一冊としてどういう作品を選ぶかという点です。
ひとつの参考として、モスクワのラドガ社が1989年に出版した«Tower of Birds»という英訳版のアンソロジーがあります。このアンソロジーには1970年代から80年代にかけて書かれた作品が収められており、収録作家もヴィクトル・コルパエフ、オリガ・ラリオーノワ、キール・ブルィチョフ、セルゲイ・ドルガリといった60年代から活躍するベテランのほか、ボリス・シテルン、ヴャチェスラフ・ルィバコフといったボリス・ストルガツキイのセミナー出身の新しい傾向の作家が収録されている点に見識の高さを感じます。ミハイル・プホフやアブラーモフ親子といった旧傾向の作家も入って、当時としては相当にバランスを重んじた編集となっています。全く無名の作家も何人か入っているのはご愛嬌ですが……。

 しかし、なんと言ってもこのアンソロジーの目玉は、表題作のオレグ・コラベリニコフの怪作中編«Башня птиц»です。以前に京フェスに参加した時に紹介したことがありますが、シベリアの奥地で火災に巻き込まれて道に迷った主人公が精霊の導きで鳥獣と交感できるようになり最後は科学文明を捨てるに至るというテーマもさることながら、ラストシーンで病に苦しむ自称銀河大元帥が登場するという衝撃のストーリー展開に仰天した記憶があります。ソビエト時代の非常に特色ある詩人であるニコライ・ザボロツキイの詩が冒頭に掲げられているのですが、コスミズムがザボロツキイを通過していったらこんなのができましたという印象です。この中編は質量の面から言っても1970年代から80年代の新しい作家を代表する作品という位置づけで、確かにその評価は間違ってはいないのですが、あまりにも独特すぎて他の作品の印象が消えてしまうという、まったく編者泣かせの作品です。いつか日本に翻訳紹介される日は来るのでしょうか……。